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足しびれたら首を左右に倒すと速攻で治る
本当にくだらないアイデアしか出さない社員がいるんですけど、とりあえず「いいね」と言うようにしているんです。そうすると、その社員は喜んで、どんどん次のアイデアを出すんですよ。ずーっとくだらないアイデアしか出さないんですけど、それでも続けていると突然、ブレイクすることがあるんです。1人、そういう社員がいたんですが、今はとてもできる男になっています。
それって空気どうこうじゃなくてお前が自分の気に入った展開にしたいだけじゃね って言うと大概黙る

「よく『みんなつらいんだよ』と言われるが・・・

 それが僕がつらいのと何の関係があるんだ」

(福満しげゆき)

『耳をすませばについて』 押井守 1995年

あのね、ちょっとだけ言わせてもらってもいいですか。
この映画は、何一つ救いがない映画ですよ。
実際には、現実には、絶対にありえないことを、思いっきり細部まで
こだわった現実的な日常の世界として描くなんて、反則以外の何物でもない。
(中略)
そして、見た者は大いなる錯覚をする。
「これが、本来の現実の世界ではないのか」、と・・・
そこに描かれているものは何だろう。
高校にも行かずに留学してバイオリン作りを目指す彼氏?
親や先生や同級生に何ひとつ反対されずに壁にも遭遇せずに夢を目指す彼女?
その二人による、あたりまえのように描かれているありえない恋愛の世界?

「いいなあこんな学生生活」
「これが本来あるべき学生生活だったんだ」
「すると俺の学生生活ってなんだったんだろう」

そして、見たものの中に、本来では「ありえなかった現実の世界」が正当化され、
従来の「あたりまえだった現実の世界」が否定される。
本来持っていなかったものをまるで持っていたように錯覚させ、それを否定される。
こんな残酷な作品は無い。
「現実を錯覚させる」ことがそもそもの悪であり、「現実を否定させる」ことはもっと悪である。
これを作った人は、世の中の人たちにとって、悪である。

昔の人は”仕事”と”稼ぎ”を分離して考えていたらしい。例えば農民の場合、”稼ぎ”とは田んぼを耕す事である。農民にとっての”仕事”とは、地域の行事に参加したり、地域の清掃をすることである。

つまり仕事とは「責任を持ってやらなければならない義務」であり、稼ぎとは「食っていけるならやらなくてもよいこと」となる。

この考えが好きで、だから「好きを仕事にする」ではなくて「仕事を稼ぎにする」を考える。

日本では「〜歳までに〜していなければならない」という社会通念の重圧のために、本当に多くの若者が10代、20代という若さで自分の夢をあきらめてしまっているように思えてなりません。私が生まれて始めてハープを弾いたのは27歳の時でしたが、今ではプロのハーピストです。

完璧主義になればなるほど、
「完璧にできないのならば、何もしない方がマシ」
になってしまうんですね。

例えば、部屋が散らかっているのに気付いても、今自分が完璧に部屋をきれいにできないのならば、掃除なんかしないほうがマシ、と思ってしまうんですね。
そうするとますます部屋は汚れていきますし、やがて諦めの境地に達します。

だから、完璧主義者の部屋ってのは意外に汚いものなんです。

あなたの俳句の最大の敵は、あなたの「言いたいこと」です。俳句は言いたいことを言うための形式ではないし、まして「言わなければならないこと」を俳句にするなどというのは欺瞞です。言わなければならないような大事なことは、ふつうに文章に書くか口に出すかにしてください。

昔私の父親が弓を始める時

に、曾祖父が注意したことが二つある。

「弓術の本を読んではいけない。絶対に人の技を批判してはいけない。」この二つで

す。 「弓術の本を読んではいけない」というのは、一つには迷いを生じるからで

す。 例えば「私の先生はこう言っているが、外の先生はこう言っている。全然、違

う。どっちがいいのかな? では両方の良さそうなところを取って・・・」。これが

一番上達しない人の見本です。

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